Posted on 2010 under 雑多な記事 |
4
4月
同人NPOといえばProject Arbalest、ここはとりあえずそういうことにおしておいて。
で、今日もイベントあったみたいですね。5月には佐世保でも即売会やるみたいで。
というのは置いておいて、近頃Project Arbalestの「遂行能力」が大幅に落ち込んでいました。5月の演奏会プロジェクトも結局中止だそうです。これも、福岡方面での実務体制が組めないからだ、ということを伺ったための決断でした。無理なモノは無理、と言わざるを得ません。
同人の一般的な見解として,イベントの中止は何よりも嫌われるものです。もちろん理由もいろいろとありますが、基本的には「例外は当然ある」という留保つきでイベント中止がNGな行為であることは認めておきます。
一方、「そもそも運営体制が組めないのにイベント強引にやっても」参加者も辛いだけです。それなら中止しちまえ?というのも分からなくはありません。私自身も企画者側の人間ですし。
Project Arbalestのコンセプト、理念・ロジックレベルの話については、少なくとも「何も問題はなさそう」です。というかあの思想性には、私も全面的に賛同するところであります。
しかし、現在実務が一切回らない状態になってしまっているのも事実。たとえば、今年の年明けには県庁からの督促がありましたよね。出すべき書類を3年間出していない、とか。そりゃ大変なことですよ。
実務が回らない状態、しかもmixiに書かれていた河合さんの公開日記によれば今期のイベントは(久遠境ですら!)赤字連発。NPO法人はただでさえ年間7万くらいの維持費(税金:法人税人頭割)が吹っ飛ぶわけで、久遠境(=現状のProject Arbalestでは可能な最大規模のプロジェクト!)が赤字なんて状況ではシャレになりません。
もちろん「継続運営できるのであれば」Project Arbalestを今のままNPO法人として継続運営するのはアリでしょうが、現場スタッフの体制を組めないというレベルの状況になってしまった今となっては、正直個人的には反対ではありますが、「いったん法人を畳んで、再開の時を待つ」戦略も考えざるを得ないだろうとは思います。
ものごとを再開させる戦略、特に「前回が失敗に終わった状態で、再開させる戦略」はとても難しいです。
いま私たちが何かをできるとしたら、「失敗を受けて、どうやって再開させるか?」の道筋を創っておくことなのでしょう。別件でも必要な思考ですし、もう少し考えてみます。
Posted on 2010 under 雑多な記事 |
3
4月
いつもの話。背景はサンクリ情報漏洩でもいいし、今リアルタイムで話題のメッセサンオー情報漏洩、その他どこでも構いません。ISMS的な問題でもいいし、織姫の個人情報セキュリティ破壊事件でも。
一つだけ忘れてはいけないことがあります。人間がそこで働いていて、24/365の完全拘束ではない体制を敷いている限り、個人情報漏洩の可能性は止められません。たとえ「完璧な防護」として、全員退社時に裸になって身体検査するようなアホなことをやったとしても、「頭の中に1人分の個人情報を収納しておく」→「家に帰ってからどこかに垂れ流す」は止められません。
どこまでもミスの可能性、エラーの可能性を排除した上で、最後は人間系の問題になります。
人間系はISMSの議論とかその手の話でどうも忘れられがちな観点ですが、無視はできないはずです。……そもそもISMSとかは「人間系を信じない」(=当然ミスは起こりうる!)ところが一つの出発点なので、人間系の及ぼす影響は取り込みにくいわけですが。
Posted on 2010 under 雑多な記事 |
1
4月
さーて。
今度の5月から、私たちの作品はサークル名「織姫」にて頒布される、というお知らせをかけておりますが、それに伴って織姫全体のリマスタリング作業を進めておりました。
本日、織姫のリマスタリングが完了いたしましたので、お知らせいたします。
作業完了に伴い、以下の作品を織姫の最終作品としてリリースいたします。
- 「織姫交響楽団」
- 「織姫合唱団」
- 「織姫演劇団」
- 「萌えさいと。」
- 「花祭準備会」
- 「織姫オペラシアター・制作部門」
なお、これらの作品は5/5に開催されますM3 2010/春にてリリースとなります。頒布価格は当日会場にてお尋ねください。
巨大同人サークル織姫オペラシアターを、丸ごと手に入れられる最良のチャンスです。ありとあらゆるマネジメントの成功と失敗を一度に体験できるこのチャンスを、皆様もお手元に置かれませんか?
Posted on 2010 under 雑多な記事 |
18
3月
コミケの混雑や入場の整理が「どのような方法論で行われているのか」、そして最終的な問い:「西から入ったほうがいいのか、東から入ったほうがいいのか」。
この問いには、一つだけ一次情報を取ってくる方法があります。
西の入場口と、東の入場口にビデオカメラを仕掛けて、入場ペースを測定すること。
画像は相当ぼやけていてもいいので(どのくらいの幅・人口密度で何秒間入場させたか、何秒入場を止めたかが分かれば十分)、誰かやって公開しませんかねぇ?
少なくとも西館の入場ペースはワシントンホテル上層階からなら収録できそうだし、東の入場ペースも東館のシャッター前サークルに協力してもらえれば測定できそうなものですけどねぇ。西は入場幅も見る必要がありますが、東駐車場からの入場は「通路幅を変動させる」のは見たことないので、一次元的な情報でも十分に信頼性が取れそうです。
まず、議論するなら一次情報が手に入ってなんぼでしょう。
と、太田たこす様に話を振ってみるテスト。
Posted on 2010 under 同人文化 |
18
3月
ここしばらく同人世界全般を騒がせている表現規制問題。東京都の条例改正(?)で、「非実在青少年」のR18な表現が公的に不健全図書として指定される「可能性が出る」という話です。
大まかなストーリーとしては、そうやって不健全図書に指定されることで(間接的に、また場合によっては直接的に)出版活動に支障が出る上、流通にも支障が生じる云々、という話になります。
で。この件について私はつい最近まであえて発言を控えてきました。
なぜなら。今回の表現規制が「潜在的には大きな問題を抱えている」ことは事実ですが直接的に大きな問題でないこと、そして有効な反論提出が極めて困難なことです。
我々は今回の表現規制に反論するために、しばしば「言論の自由」や「文化としての多様性の価値」といったパーツを持ち出しています。また、「パターナリズム反対」も武器になっていると信じられています。しかし、これらの反論は「数が集まれば意味が皆無ではない」ですが、少なくとも少数の主張、体系的ではない主張では意味をなしません。
「言論の自由」は基本的人権の文脈で保障された思想ですが、基本的人権には必然的な制約がついてまわります:「公共の福祉に反しない範囲内で」。そして、果たして不健全図書の公刊は公共の福祉に「反しない」と言えるでしょうか?また、「公共の福祉に反する」と主張するロジックに対して有効な反論が行えるでしょうか?「公共の福祉」を明確に定義することができない以上、公共の福祉が関わってしまう基本的人権による反論は筋違いになりかねません。
「文化としての多様性の価値」はなおのこと。文化に多様性が必要であるという思想はあくまで一つの思想であり、さらに言えば少数派であろうと考えられます。特に公的セクターは文化の多様性を阻害することが「国民国家を統治する政府としての」仕事:「方言札」や創氏改名を思い出してください。あれが「国家」の本質です。彼らに「文化の多様性」云々を語ってもぬかにくぎ、豆腐にかすがいです。
パターナリズム反対はこれらの発想よりはまだマシですが、やはり「国民を陶冶するのは自分たちの仕事」という思想に対する、「国民を陶冶するのは国家の仕事」という思想が対立します。全世界的には「国家が国民を陶冶し管理する」モデル、即ち中国共産党のモデルがどんどん勢いを増している昨今、キリスト教をはじめとする宗教的な背景すらない日本に「国民を陶冶するのは自分たちの仕事」という思想は響き渡りません。
実のところ、最も単純かつ有効なロジックは、おそらく「おれ達はそんな法律嫌だ」でしょう。日本は「今のところ」現実にも辛うじて民主主義国家だし、少なくとも体系的には完全な民主主義国家。国民が望まない法律を国家が制定することは「ロジック上はあってはならない」ことです。
しかし、単純に「嫌だ」というだけでは、その声を政治レイヤーに届けることはできません。なにせ日本はこれまで「政治から冷める」ことによって国家の力を維持してきた希有なモデルを回して成功してきました。今頃になって政治云々と言い出しても、そんなの片腹痛し。
というわけで、「どうやって自分たちの声を政治レイヤーに届けるべきか」という議論がはじまります。それも、自分たちの居場所即ち同人業界から見て。
どうすればよいのでしょうか?実はこの問いには、最近一つの「準成功」を収めたモデルを提示することができます。即ち、ロージナ茶会&MIAU。
ダウンロード違法化問題、覚えてますでしょうか?「違法にアップロードされた著作物のダウンロードを違法行為と位置づける」という法改正に対して、多くの反対が寄せられた事件。MIAUはまさにあの事件に反対するために立ち上げられました。そして、結局ダウンロード違法化を食い止めることはできませんでしたが、少なくとも存在感を示すことはできました。
ここからはあまり知られていない話題。MIAUには、公式のものではないとはいえ一つのモデル、いや前身とも言える組織がありました。「ロージナ茶会」です。MIAUの初期メンバーには茶会員が多数参加、というかロージナ茶会の白田総統はMIAU最初期の立ち上げに発起人として参加していました。ロージナ茶会はなんてこともない普通の勉強会(秘密結社でもありますが)ですが、それでも知財システムへのコミットとしてパブコメの提出を繰り返していたところ、メンバーが知財系の研究会に招かれるようになるまで育っていきました。
ロージナ茶会、そしてMIAUは政治のレイヤーにコンピュータおたく、そしてインターネットユーザの声を届けるために活動してきましたし、これからも少なくともMIAUは活動を続けるでしょう。茶会は……コミケで同人誌買ってね♪ ですか?で、そのような活動を続けていくために、実は大したことは必要なかったのです。「活動を続けるだけでよかった」のです。
同人文化の世界にも同様なモデルを適用することができるのではないでしょうか。幸い、同人文化には多くの市民がコミットしています。みんなで声をあげればよいのです。
私自身は現在オーバータスクのため、言い出しっぺの法則を適用されても有効な動き方をすることができそうにありません。でも、何をすれば良いかはなんとなく分かります。MIAUが何をやってきてどんな結果を得たかを知っています。
我々は、なんらかの「業界団体」を作って声をあげる必要があるのです。
あえて「業界団体」にカッコをつけて語りました。普通、業界団体とは「業界を代表する団体」として読み解かれます。しかし、本当に業界を「代表する」必要があるのでしょうか。ましてや、公的に業界を代表する必要があるのでしょうか。
MIAUのことを思い出してください。MIAUの初期日本語名は、「先進インターネットユーザーの会」でした。「先進ユーザーの会」が、あらゆるユーザーを代表すると言えるでしょうか?少なくとも名前上、それは言えないはずです。なぜなら先進ユーザーはあくまで先進ユーザーであり、一般的なユーザーではありません。でも、政治レイヤーからはインターネットにおける消費者を代表する団体と見てもらうことができました。
実のところ、政治レイヤーはこの手の業界団体に対して「どのくらいきちんと多くの業界関係者を代表しているか」はあまりに気にしない傾向があります。あくまで「住所と代表者名が存在し、話を聞ける対象」が存在すれば良い、というのが現実です。同人世界を代表するにしても、おそらく最初はその程度で良いのです。
blogやmixi日記を眺めていたところ、コミックマーケット準備会が業界団体を立ち上げるのが理想では?という声を複数見かけました。私自身はこの発想に、さほど肯定的ではありません。もう少し細かく言えば、「あえてコミックマーケット準備会が公式に業界団体にコミットしなくても良いし、コミットをコミケ準備会に要求するのは必要ない」です。
コミックマーケット準備会は、「普通の同人イベントの関係者」ですか?いいえ、違います。コミケはどう見ても異常です。同人のスタンダードで「すら」ありません。単なる「最大手イベント」であり、さらにはその規模を維持し続けるために「あまり一般的ではない」システムを採用し続けています。コミケにとって最適化された「業界団体の要求」は、必ずしも「ありとあらゆる同人関係者に全体最適」とは言えません。
今のところ、誰が具体的に動けば良いかまでは想像できません。同人世界は男性向けの世界ではなく、女性向けの世界も存在します。オタクは東京・大阪の専有物ではなく、ほぼ全国に遍在します。男性向け・女性向けに同等の視線をきちんと向けることができる論客が日本国内にどれだけいるか、地方の事情をきちんと理解した上で東京にも十分に適した発想を持ち出せる論客がどれだけいるか、私には想像できません。
でも、一人ではダメでもみんなで声をあげればそれなりの全体最適を考えることができる可能性はあります。
このような経緯から、同人文化の業界団体は必要であると信じますし、時には政治レイヤーで動けるだけのシステムが必要でしょう。
いま、私が期待している「母体」は2つあります。一つは全国同人誌即売会連絡会、もう一つはProject Arbalest。
前者はそれなりの規模を持つ即売会主催者が連合した組織です。後者は日本でも数少ない同人即売会を主催することを目的としているNPO法人です。他にも適任者はいるのかもしれませんが、少なくともこの2箇所は新しい業界団体の母体として適任であり、そこから発芽して新しい業界団体を作り出していくのが良いでしょう。
同人即売会は、同人文化を支えるインフラとして最も重要かつ伝統的なものであり、ガタケットのようにコミケに匹敵するだけの歴史を持つ主催団体が複数存在しています。伝統的な業界団体のアプローチとして、歴史を持つ参加者たちの寄り合いが業界団体に発芽していくのは十分アリでしょうし、彼らはそれを実現できるはずです。
一方、Project Arbalestは決して懐の暖かい組織ではありません。というか、現在はリソース枯渇に苦しみ続けており、イベントの開催にも支障が出始めているという話を聞きました。でも、同人を考える文化団体としてNPOという形は最適です。実のところ、同人活動は即売会の会場でだけ行われているのではありません。ショップでも、インターネットでも、そして制作の現場でも、同じように行われているのです。即売会連絡会は本質的に即売会にのみ照準を合わせる可能性があり、そういった可能性へのカウンターとしてProject Arbalestはそれなりに適した存在であると考えられます。
#実務リソースの枯渇はいかんともしがたいですが……。
今回の騒動を他山の石、のど元過ぎれば~の対象とはせずに、継続的に活動し思想を表明できる「業界団体」の出現を心待ちにして、本エントリの締めといたします。