北島/あかみのプライベートなブログです。

GMLの「サウンドカタログ」企画を覚えていますか?

20世紀末から21世紀初頭にかけて、まだ太い回線が一般的ではなくMP3試聴が困難を極めた昔のこと。3桁にも及ぶ同人音楽サークルのサンプルトラックをCDに詰め込んで、プレスして同人CDとしてリリースするという企画が飛び出してきました。「サウンドカタログ」です。br/同人音楽を体系的に試聴できるインフラとして機能しただけではなく、サウンドカタログの収益は同人音楽界隈の交流に叩き込まれ、同人音楽というジャンルを作り手側から固めていくためにもとても大きな効果のあったプロジェクトだと言われています。

さて……。

2009年になって、サウンドカタログ企画が復活しました。またの名前をproject-sigma

当時と異なり、ユーザーがMP3試聴に十分なだけの太い回線を手に入れるのは容易なことになりました。即ち、「試聴する」だけであれば別にこんなものが存在しなくてもどうとでもなる。それでも、なぜサウンドカタログは意味があるのか。それを考えてみたいと思います。

同人音楽方面から見れば、「サウンドカタログ」とは「同人音楽全体をそれなりに俯瞰できるだけの比率の(=たくさんの)同人音楽サークルが試聴トラックをかき集めたプロダクト」を意味します。単純にサウンドカタログを作ることには、さほどの意味はありません。当時のサウンドカタログが持っていた機能のうち「同人音楽の試聴」という部分は、現在はインターネットで全く問題なくまかなえるのですから。そこで、「サウンドカタログがどんな意味を持つか?」はサウンドカタログを作るその過程、そしてサウンドカタログが完成することで「何ができるか?」という観点から考える必要があります。

サウンドカタログに十分な数のサークルが参加するためには、サークルにとって「サウンドカタログに参加することに意味がある」必要があります。サウンドカタログは宣伝の手段ですから、宣伝を必要とする=中小のサークルにとっては意味があるでしょう。サウンドカタログへの参加は、少なくとも露出を増やすことには繋がります:露出が「減りはしません」。そして、サウンドカタログへ参加するコストもきわめて安いものになるでしょう:金銭ベースではおそらくゼロ、時間ベースで計算されるコストもさほど高いものではないはずです。得られる効果と比較すれば、中小サークルでも十分に現実的に支払えるコストであると言えるはずです。一方、大手サークルにとって宣伝のメリットは必ずしも大きくありません。ごくわずかな宣伝効果が得られる可能性のあるサウンドカタログへの参加によってかかる時間コストを他の活動に回したほうが、トータルでコストを削減でき収益を高められるとしたら?大手サークルにとって、単純に自サークルの売り上げのみを考えればサウンドカタログへの参加モチベーションは高いものではないでしょう。というわけで、まずはこの段階が大きな障壁になります。br/「大手サークルのいないサウンドカタログ」には意味がありません。なぜなら、大手サークルは「歴史の重要な1ページ」だから大手サークルなのだし、大手サークルなのだから「歴史の重要な1ページ」になるのです。そして、買い手/受け手や流通にとって「大手サークルのいないサウンドカタログ」を扱うモチベーションはそんなに高いものになりますか?……ならないでしょうね。

というわけで、とりあえず壁を突破して大手サークルを含む良いラインナップのサウンドカタログを「作ったとします」。「作る過程で何ができるか」は複雑すぎる議論になるので後回しにして、サウンドカタログが完成することで「何ができるか?」を考えます。

十分に良い仕上がりとなったサウンドカタログは、同人音楽の現状(と過去)を一覧できる何かです。そして、そこには「未来を語るための種」が全部あるはずです。では、そこから何を語れば良いのでしょうか。語る人によって興味の分野は違うはずです:たとえばDJ TECHNORCHさんが語るならJ-COREとも言うべきジャンルの未来を語ることになるでしょう。私が語るなら、演奏系と歌姫系の未来を語ることになります。これらの語りはサウンドカタログに収録されるという可能性もあるかもしれませんが、それ以上に「語り自体はサウンドカタログには収録されないが、別の場所でサウンドカタログを参照して語る」ことが容易にできるはずです。なぜなら、サウンドカタログを持っていることで「そこにはJ-COREも、歌姫系も、演奏系も、全部入っている」はずなのですから。また、たとえば同人ショップさんがサウンドカタログを使うこともできるはずです:サウンドカタログをみんなが持つことで、「新作以外に耳を伸ばしてもらう」ための良いアプローチになるでしょう。新作を売ることが最も効率がよいことも確かで、とあるショップさんのように新作頒布に極端にリソースを割り振ることも考えられなくはないですが、旧作もそれなりに売っていけばそれなりの収益を上げるはずです:オタク界隈は常に新規参入があり、新陳代謝の激しい世界です。新しく入ってくる方は、当然のことながら旧作を持っていません。そういった人へは旧作を売るというアプローチも十分あり得ます。

このようなサウンドカタログが「分散する」ことは許されるのでしょうか。いえ、許されないと考えます。もっと正確に言えば、分散しないための最大限の努力を払う必要があるはずです。なぜなら、もしサウンドカタログが分散した場合、2つの問題が起きます:サークルが分散した場合、1つのサウンドカタログで世界全体を俯瞰できるというサウンドカタログ最大の価値が失われます。一方、もしサークルは分散しなかったとしても(=両方に全部のサークルが参加)複数のサウンドカタログが出現した場合、少なくとも「全員が両方のサウンドカタログを買う」ことは考えにくいです。即ちどちらのサウンドカタログ主催者にとっても売り上げが落ちることになります。サウンドカタログは圧倒的に規模の経済が働くはずの世界なので(同人CD/DVDのプレス自体はそこまででもないですが、印刷部分がでかい)、サウンドカタログ発行は単一の主体によって担われるべきと考えることができます。

未来のサウンドカタログを考える上では、サウンドカタログが何でなければならず、そしてサウンドカタログが何たり得るかという考え方からアプローチしていく必要があるはずです。なぜなら、単純にGMLのサウンドカタログと比べてしまったら「GMLのサウンドカタログと同じものを現代に作り直す」意味はほとんどないのですから。一方、サウンドカタログを作ることで何が実現できるかというところまで見据えて、きちんとそこまで実現するための動きを取ることができれば、サウンドカタログの現代への復活として素晴らしいものであると言うことができるでしょう。

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ブログの作者

北島(非同人方面)/あかみ(同人方面) です。いろいろやってます。