北島/あかみのプライベートなブログです。

Hardcore Technorch 記事「他人語り37」を読んで。

こちらはDJ Technorchさんの公式サイトでもあると同時に、「未来の同人音楽」というテーマについて、深い示唆を含んだ記事を多数執筆されているブログです。

そこで、今後の同人音楽がどういう流れになるかを示したひとつの文章がありました。以下に引用します:

 同人音楽で言えば楽曲制作においてはまだまだ音屋が圧倒的に尊重される世界ですが、茶太さん烈火さんのようなプロ級の殿堂歌姫をはじめ、mikoさんのような強烈なアイドル性、そして迫る2009年東方アイドル戦争、そしてAbusolute Castawayをはじめとした「考えるボーカリスト」の台頭等、何がどうなるかわかりません。さてこれは「DJ」の世界なのか?「MC」の世界なのか?

 しかしライブの現場では既に決着がついていると言えます。今後同人音楽的なダンスフロアが突き進む道は恐らく冒頭【雑記】でも記したような「リアル リズム天国」的な世界でしょう。これはつまり音屋と歌姫が一体となって「MC」となるMC圧倒的優勢の世界です。

音屋と歌姫の一体化は、いくつかのサークルでは「歌姫が音屋を兼ねる」という形で進んでいます。具体例を挙げればVAGRANCY、Laudese、ロータスルートオーケストラ等。でも、これらのサークルの辿っている道は一般的なものなのでしょうか?
歌姫文化にはひとつの特有の未来があります:作曲者(音屋)と歌姫が分離されていること。 即ち、音屋は歌姫を選ぶことができ、歌姫にとっても多数の作曲家によって音楽が提供されること。歌姫は楽器とは違い、サウンド自体に強烈な個性を有する存在です。即ち、ある作品はある歌姫のためには良い作品であっても、他の歌姫のために良い作品であるかどうかは不明です。

ニコニコ動画的なオタク創作文化はMCの世界です。そして、そういった世界を演出できる歌姫は少なくとも出現しうるでしょう。mikoさんなどはそういった性格を持つのかもしれません。
一方で、「考える歌姫」はそんなに少ないのでしょうか?「考えずに」良いものを作れる、ということは、私には支持できません。

……具体例を挙げてみます。Laudeseの沢水さんも発言していないだけで、相当いろいろ考えてますよ。
それに、VAGRANCYの志方さんが「考えていない」とは考えられません。Danza, fanciulla gentileの素材MIDIを手に入れて「解析」を仕掛けたことがありました。 そこには、とんでもない「思考」の証拠が刻印されていました。
私の音楽家としてのキャリアをもって、明確に宣言します:志方あきこ作品は、きちっとクラシック音楽の伝統をふまえて書かれています。それも、バッハ以前の古楽の世界の。

とあるところで展開された議論もふまえると。
「歌姫」が歌うという営みは、 「演奏」行為の一種、つまり音楽のコンパイルです。ソースコード(=楽譜や仮歌)をバイナリ(=歌姫の歌)に変換するという過程です。
DJとMCの役割が一方に収斂するという考え方は、「歌姫」の演奏行為を過小評価する考え方ではないでしょうか。元の例えに戻すと、DJはDJの役割を持ち、MCはMCの役割を持つ。 そして、それらの役割は二人そろって、その関係性から価値と魅力が生まれてくる。
どちらか一方に過度の期待を寄せた瞬間、どちらの魅力も消えるのです。

実はこの構図、「演奏系」でも全く同じです。楽器の場合はもっと曲の汎用性が高い(多くの場合、Aさん向けの曲はBさんでも演奏可能)ため微妙にはっきりしませんが、演奏者と作曲者はそれぞれ別の役割を持ちます。

少なくとも歌姫系では、役割分担がはっきりしていてMCとDJ両方の可能性がきちんと「認められている」のが同人音楽の一つの魅力かもしれません。

……09年東方アイドル戦争って何ですか?(笑

1件のコメント so far »

  1. by あ, on 10月 30 2009 @ 17:40:58

     

    DJにもMCにもそれぞれの役割、などというキレイごとでは済まないでしょう。もはやリスナーの多数は声しか聴いてないし。
    いずれは同人歌姫もMCも、アニメ声優のように消費される存在になり、音屋とDJは既製品を余所から持って来てくっつけるようになるでしょう。

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北島(非同人方面)/あかみ(同人方面) です。いろいろやってます。