我々が常識(=一般的な姿の集合体)として持っている知識では、同人活動は「サークル」が主体となって行われることが一般的、となっています。……ということで、いつもの芸風に基づけば「果たしてそうである必然性は?」と来ます。
なぜ「サークル」だったかというと、そうでなければ印刷ができなかった時代があったから、という「単なる歴史的産物説」が説得力を持っています。で、だんだんコピー技術や印刷技術がコモディティになってきた云々と。であれば、今となっては果たして「サークル」である必要すらあるのだろうか?という問いがあります。
一つの回答としては、「同人活動とはサークルが主体になって行われるhogehogeな活動である」をそもそも定義にしてしまうこと。そうすれば、サークルが主体でない活動は同人活動ではないので、主体は「サークル」である必然性を持ちます。……この場合、「サークルとは何か?」という疑問が出てきますが、ともかく同人活動の主体に「サークル」とラベリングされるわけですから、とりあえずそれはそれでよし。
一方、サークルが主体であるのは単なる歴史的産物(と同人即売会の運用)による安定点にすぎないと考えれば、次に「サークルが主体ではない同人活動にはどんなものが考えられるのか?」という疑問が出てきます。実はこの手の話には山ほど実例があります:立体物のほうではイベントにアマチュアとして参加する主体のことを「ディーラー」と言います。男性向け同人誌即売会方面ではイベントを「主催する」ことは「同人活動であって、サークル活動ではない」部分に落ちます。歌姫は個人でサークルを持っているケースも多いですが、サークル活動と全く別の領域で個人活動を展開するのが一般的です。単独のボイスコともなればサークルを持っているのは少数派。同人誌即売会へのスタッフ参加も一つの同人活動でしょう。
というわけで、同人活動は「サークル」によって担われなければならない、という概念は(それを定義としない限り)意外と脆弱な話です。というわけで、そこをぶっ壊した先にどんな未来があるのかを知りたくなります。次に私が考えているのは、同人活動を行う主体のネットワーク化。「自分で創作して自分で売る」姿が古典的な(旧来の)同人「創作・頒布」活動であるとしたら、ネットワークとして仕立てた先には「自分たちで創作して自分たちで売る」スタイルが見えてきます。
同人創作には、狭義のの創作活動が終わった後にも営業・制作活動的な取り組みが続いていくという特徴があります。しかし、あちこちから話を聞くと「創作はやりたい」けれど「営業・制作活動はきつい」という話題も耳に聞こえてきます。これまで、私もあちこちのサークルさんに個人的に営業・制作活動をお手伝いするという形でそこらへんの壁を越えられるように仕込んできましたが、いよいよ次はそういった活動のネットワーク化を考えていける時期なのではないでしょうか。仕組みとして壁を越えられるようになれば、また次の壁が見えてくるでしょう。
具体的なアイデアレベルに落とすと、同人企画の運営リソースを提供するProject Manegement Office (PMO)や、頒布まわりを一元的に担当する流通担当者といった姿が見えてきます。単独のサークルでこういったスタッフを持つのはあまりに芸のない(巨大サークルなら止めませんが)話ですが、複数のサークルでPMOや流通系を一元化して持っておくのはそこまで筋が悪くない気がします。
……実は、近い実例は皆無じゃないんですよね。ただ、現状を見ているとどうしても大手サークルさんの利便性にフォーカスした仕組みばかりなんじゃないか?という懸念は否めません。
中小のサークルでも、ちゃんと手を組めば大手サークルと同じくらい面白い規模で面白いことができる。そういう未来が来て欲しいものです。
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