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8
1月
さて、STRIKE HOLE様から反論・議論のためのエントリをいただきました。ありがとうございます。
織姫様「同人文化の多様性と、地方の独自な習慣の是非について」についての自身の見解
http://blog.livedoor.jp/analstrike/archives/51600264.html
……前回はトラックバックがうまく通っていなかったみたいで。ごめんなさい、です。
で、こちらへの返信をメインに。
今回はかなり議論が散逸します。正直自分自身もきちっと練り切れていない部分があり、細かくケースバイケースで見ていくと「通常は常識視されている原理原則」の盲目的な適用が最適解ではないケースもそれなりに出会っているので、クリアカットな議論にはできません。
というわけで議論の口調にギアチェンジ。
>また、地方ルールを貫いた所で、サークルは他の地域の即売会にも遠征参加する。
>そこで他の地域のルールに優位性を見い出せば、地元のイベントを劣るものと捉え、地元のイベントは魅力を失う。地元のイベントからのサークル流出にも繋がる。
もちろん、その「地方ルールが」地方の地元の人にとって魅力のないルールだとしたら、それはおそらくルールの最適化が不十分だ、ということ。十分に最適化されていないルール・スタイルは、その分「参加者の満足度の低下」に繋がるのは自明:最適な状態よりは良くないのだから。問題は、その「最適化されていない部分」がどのくらい定量的に問題か、そして致命的か、ということに繋がるだろう。
物理屋的な発想を持ち込むと、怖いケースとして「局所最適への最適化」がある。「イベントのスタイルをちょっと揺らす程度」だけの考慮から見れば最適解のように見えるが、根本的なところで間違っていて全体として最適解では全くないような話。コミックネットワークでも同様の事態が起きていたのかも……しれない。
同種の問題として、サンクリのコスプレ導入問題について私が「大きな憂慮を持たない」のも、サンクリのコスプレ導入は「満足度低下に繋がるかもしれないが、トータルでそれが致命的な領域ではないだろう」と予測・評価しているだけの話である。正直ここは「やってみないと分からない」。
大まかに見たらこんなところだろう。
ただ、コミックネットワーク方面は「一度現地を見に行かねば語れないのでは?」という疑念もあり、あまりちゃんと語りまくる気にはなれない。夢彗星が「東京で失敗したこと」くらいは東京側の情報で議論してもよいような気もするが、「九州における夢彗星の現状」や「コミックネットワークの現状」は東京の人間は「まともに知らない」っぽいので……。
少なくとも、九州イベントについては「こっちが知らないこと」が多すぎる。実は11月にProject Arbalestの皆様からそのへんの現場をお伺いする機会があって、「現場を見ないで語る」ことの怖さを思い知らされた。東京の論理が極端に強い大9州東方祭ですら「東京ではあり得ない話」がいくつか聞こえてきているし……
別のベクトルから同じ議論を繰り返してみる。いったん同人の「常識」から離れて、どんなスタイルが最適なのかを一から考え直すという想定。
まず最初に邪魔になる発想(定着したスタイル)が、参加者を「参加者」と呼び、「お客様」として扱わない思想だろう。確かにイベントを作る「参加者」として一般参加者は重要な構成要素だし、参加者自身として「お客様気分で」参加するのはNG。みんながお客様気分で参加したら、コミケなんて早晩吹っ飛ぶだろう。しかし、だからといってスタッフはサークル参加者・一般参加者へのホスピタリティ、もてなしの心を忘れて良いのだろうか?サークルは一般へのもてなしの心を忘れて良いのか?
「参加者と呼ぶ」ことは、同人世界をその他の世界と明白に区別するキーワードとして機能している。このキーワード自体を云々するつもりはない:「区別するキーワード」としてとても良いし、良い意味でのアマチュアイズムが全開になっている。しかし、だからといってスタッフやサークル側が「一般はお客様ではないのだから邪険にして良い」という発想は間違っている。(注:とあるイベントでこの手の思想が実在した。論外と評価。)
一つのケーススタディとして、九州地方のイベントの特異性を考える。3週間前に案内書が送られては困る、という人が多いとする。しかし、宅急便搬入を試みる人や、遠方からの遠征組にとっては3週間前くらいに案内書が届かないと困るのも事実。さぁどうするか?
tenjin.beは一つの面白い結論を出した:サークルチケットの存在しない同人即売会。Webベースで案内書をアップロード、サークルチケットをそもそも発送しなければ、郵便事故に悩まされることもない。3週間前から案内書がアップロードされていようが、サークル参加者にとって「サークルチケットをなくす」心配はしなくてよい。過去の即売会には珍しいパターンだが、実はtenjin.beについては十分に最適化されているので?と思う。
もちろん、この方法はコミケには最適化されていない。コミケで「サークルチケットを廃止します」やってみたら、現在は東館駐車場や西館正面に形成されている巨大待機列が、10時前にして館内の大手サークル前に形成されることになるのでは?wwww
カップリングを配慮した配置も、「真にそれが常に最適」とは限らない。マイナージャンルのオンリーや、sp数が2桁中盤に届かないような小規模オールジャンルイベントであれば、また別の方法論があり得そうな気もする。実際は「配置してみないと分からない」とか、「カップリング違いのサークルは険悪である」といった要素で結局カップリングを配慮した配置になるような気もしなくはないが。
なんだかんだで、同人イベントの多様性を語るには現地を見た経験が必要なのかもしれない。その意味で、花祭準備も含めて全国のイベントを回った経験は本当にためになった。オールジャンルが新潟(ガタケ)・大阪(シティ)・鹿児島(drink bar)の3回、東方オンリーが名古屋のまんがまつり1,花帰葬が大阪1回と名古屋1回。同じ「名古屋イベント」でもまんがまつり1と花帰葬(なごはな!)は全然違うイベントだったし、「なぜそうなったか」もだいたい見えてきた。
前回のエントリは「地方の習慣を別のエリアに直接無考慮で持ち込むことはまずい」という趣旨をしゃべっているが、実はマイナージャンルの場合「あえて別地方の習慣を持ち込む」ほうが良いこともあり得る。少なくとも、現在花帰葬でオンリーやろうとするなら現地の習慣よりは関西の習慣を持ち込んだほうが良いだろうなとも思えるが、このへん「なぜそうなのか」は花祭主催としては口をつぐむべき領域だろうwww(苦笑
#花祭は東京、関西、九州、その他全国各地の「良いとこ取り」なコンセプト:花帰葬級のマイナージャンル、しかも過疎地開催だからこそ可能なアプローチ。
正直、この手の話は「総体的に見て」クリアカットな議論ができそうには思えない。多様性が是であり、かつ「全国のルール均一化が必ずしも最善ではない」ことだけは間違いないのだが……。
ということで、ぐだぐだ議論でした。大局的な議論はいいんですが、同人で細かい話を議論しようとすると綺麗にならないですね……。
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7
1月
冬コミも終わり、新春一発目のエントリとなります。
みなさまにおかれましては、新春のお慶びを申し上げるとともに今年の同人活動の無事をお祈りさせていただきます。
……本来喪中ですけど、そんなの気にしないことにしておいて。
さて、新春一発目のエントリはいつもネタにしているSTRIKE HOLEさんの記事から、あちらの新春記事「年頭の辞~地方ルールの是非を問う~」 http://blog.livedoor.jp/analstrike/archives/51598922.html への反論。
同人即売会の根底たる「同人文化」は、なによりも多様性を尊ぶ文化。そもそも文化自体がそういうもの、多様性があって然るべきものでああるが、同人文化はそもそも商業文化へのオルタナティブとして成長してきた以上強い多様性はあって当然、むしろ多様性の大きさそのものが同人文化の本質的な価値の重要な要素だろう。ここで、本質的な価値とは、どんな良い作品が生まれているか、生まれていないか、そんな些末なパラメータには左右されずに文化そのものが保有している価値を指す。
同人文化はさまざまな形をとって「現実に」出現してくるが、典型的な手法の一つが「同人即売会」。コミックマーケットを頂点として、毎週のように全国各地で多数のイベントが開催されている。……コミケを頂点だと言うと怒る人が多いが、現実的にコミケが規模でも多様性の意味でも存在感の意味でも最大のイベントだということは誰が否定できようか?といってもここは本題ではない。本題はコミケを頂点とした、ピラミッドの「下の方」の話。
当然、イベントにも多様性はあって当たり前。同じ1000スペース規模のイベントでも、地方のオールジャンルと東京の巨大規模オンリー、男性向けオールジャンルと、当然イベントの色は違う。同じ100スペースのイベントでも、鹿児島のイベントと山形のイベントでは全然違う。
イベントには多様性があって当然。そして、当然良いイベントと悪いイベントがある。普通に考えたら悪いイベントは無くなって欲しい。そりゃ当たり前の話で、本当に悪いイベントであれば参加者は「楽しめない」という結果が出てしまう。しかし、「より良いイベント」「より悪いイベント」程度の話であれば、必ずしも「より悪いイベント」には退場してもらう必要はない。むしろその程度で退場を強要していては、多様性が損なわれる。それこそ同人文化の本質的な価値を損なう重大な問題ではないか?
#もちろん「より良いイベントを目指す」強い意志は必須。多様性を維持しつつ全体の価値を自主的に高めるには、参加者各自が自主的に価値向上へ向けた取り組みに励むしかない。
「地方ルールの是非を~」の議論では、夢彗星の「やらかした」一連の事件を例に取って原因を南九州地区の即売会が持つ「個性」に求めている。より厳密に言えば、南九州地区のイベントの個性を東京に持ち込んだことが原因であると。
その議論自体はそう間違ってはいない。実際に南九州のイベントが普遍的にこういう個性を持っているかと言われれば、現場を知っている(向こうのイベントにサークル参加してきました)身としては必ずしもYesとは言えないが(むしろNoではないか?)、それはともかく「東京イベントの個性に最適化されていない思想を外部から持ち込んだ」ことはほぼ間違いない。
しかし、そこから導き出されるべき論点は「地方のルールが存在すること」ではないはずだ。地方のルールが存在すること自体、さらにいえば地方の個性が存在すること自体は、「その地方の人たちによる評価を高める」という意味では実は十分に最適化されているのかもしれない。もう一段本質的には、「地方のルールを東京に(然るべき改変を加えずに)直接持ち込んだこと」のほうがよほど問題だろう。
うちもdrink barに東京から申し込みをかけたときは大変だった。サークル申込書を九州から郵送で取り寄せて、こちらから申込書を郵送。送り先が鹿児島ともなれば東京エリアとは違って、送付にも+1日はかかる。もちろんサークル案内が届いたのもぎりぎりのタイミング。九州イベントでは標準的にサークル案内が届くのが遅いことくらい最初から分かっていたのでこちらは気にしなかったが、そのへんの話を知り合いの主催にしたところ半ば凍り付いてましたよ?
でも、考えてみよう。現地の人たちに宅急便搬入する人なんかほとんどいない。ラミカ200枚搬入するのにどこに宅急便の必要が?コピー本50冊くらいカートがあれば十分手持ち搬入できる。ぶっちゃけこれで、地元の人(=参加者の大半)には何の問題もない。
もう一段考えてみよう。東京のイベントでは、普通に考えて3週間くらい前にはサークル宛の案内書が送付されるだろう。
……そんなに早い「必要が」どこにあるか?いつもの会場でのいつものイベント、いつものスタイル。参加しているのもいつもの人達、だいたい全部「いつもの通り」。案内書がなくても、概要は「地元の人には」分かる。地元に友達がいない同人作家?……普通はそんなことはない。だって参加者は(ステレオタイプに言ってしまえば)みんな地元の高校生。分からないことがあったら先輩に聞け。
かくして、「サークルチケットをなくさないように」サークル宛案内書なんて1週間前発送で十分。
東京にこんな習慣持ち込んだら単なる悪習だ。しかし、逆に鹿児島に東京の習慣(=3週間前発送)を持ち込んだら、これもこれで悪習になりそうだ。それぞれの地方のルールは、普遍的に「どちらが良く、どちらが悪習だ」と言えるものでもない。
地方ルールは、現地の習慣・状況に最適化された「やり方」の束。現地でのやり方がうまく最適化されていれば、それに合わせてしまうのが一番。だからこそ、「他のエリアで即売会を開催するには」そのエリアの習慣を知る必要があるわけだ。夢彗星は、その段階で間違いなく大きな失敗をやらかした。
どうすればこの状況を改善できるだろうか?
即売会どうしの協力態勢。
まずは、これに尽きるだろう。地方イベンターが東京でイベントをやりたかったら、東京のイベンターに話を聞け。逆に東京のイベンターが地方でイベントをやりたかったら、現地事情を知っている人に話を聞きまくれ。現地のことは現地の人が一番分かっている。ジャンルのことはジャンルの人が一番分かっている。そして、質問が飛んできたらできるだけ対応するし、ちゃんと状況を見える化しよう。第二第三の夢彗星を生まないために他のイベントのために協力すれば、その果実は必ずや自分にも返ってくるはずだ。「あのイベントは失敗しそうだから、協力は拒否」というのは何よりも愚かだ。放っておけば、もしくは協力を拒否すれば失敗する可能性が高まるし、失敗したイベントに向かって舌を出して「ざまあみろ」と言ったからといって、失敗「させた」ことが正当化されるわけではないし、ましてや失敗が正当化されるわけでもない。
#夢彗星にも、東京でのアドバイザーはいなかったのだろうか。……いなかったはずはない、と思うんだけどなぁ……?
そういう意味で。
実は、Project Arbalestのtbe.ccにも一抹の不安はある。九州内あちこちでイベントを開催するというコンセプトのようだが……福岡はtenjin.beの経験もあるし、現地ルールは分かってるだろうと思える。佐世保も昔の「あるばれすと」時代を考えれば、ルールへの理解をゼロからスタートするよりはよほど知識量がある。しかし、その次のイベントはどうなるのだろうか?特に東九州はスタジオYOUの覇権エリア。NPOということで法人格を持っていたとしても、現地の見える化されていないルールを知るには壁がありそうにしか思えない。
もっとも、Project Arbalestにはその壁を跳ね返せるだけの力があることも間違いない。Project Arbalestがその壁をぶち破ったとき、彼らは「福岡(と佐世保)のイベンター」の壁を越えて、九州全域でイベントをコンサルティングできるとんでもない頭脳集団と化すだろう。そして、外部から九州でのイベント開催のために乗り込んでくる主催たちにも力を提供できるようになるはずだ。
今度の東方久遠境は、そんな力を持っているはずの「福岡のイベンター」が久留米・大牟田のイベンターと組むことで凄まじい未来への扉をこじあける、そんなイベントになるような気がしてならない。うちだって花祭なければ久留米行ってるかも?
#同人では福岡中心部(博多・天神)と久留米・大牟田は別の地域圏、つまり別のローカルルールが存在している。で、久遠境のコアスタッフは久留米(・大牟田)側の人たち。……このこと一つ見ても、同人のローカルルールは「一筋縄ではいかない」くらい細かい話なのが分かるだろう。
地方のルールを潰すことではなく、見える化することで、より高い地平を目指す。そのことさえ気をつけていれば、地域外からイベンターがやってくることは多様性を高めることに繋がるわけで、決して悪いことばかりではない。そのためには、地元で「イベンターを受け入れる」用意すら必要なのだ。それができていれば、そしてイベンターを支援する仕組みを作りだしさえしていれば、そこには素晴らしい未来が見えるだろう。そう、いろいろな多様性を持つ地方イベントたちが活躍する未来。私としては、そういう「多様性を高められる」未来が到来することを待ち望む立場に回りたい。