ここしばらく同人世界全般を騒がせている表現規制問題。東京都の条例改正(?)で、「非実在青少年」のR18な表現が公的に不健全図書として指定される「可能性が出る」という話です。
大まかなストーリーとしては、そうやって不健全図書に指定されることで(間接的に、また場合によっては直接的に)出版活動に支障が出る上、流通にも支障が生じる云々、という話になります。
で。この件について私はつい最近まであえて発言を控えてきました。
なぜなら。今回の表現規制が「潜在的には大きな問題を抱えている」ことは事実ですが直接的に大きな問題でないこと、そして有効な反論提出が極めて困難なことです。
我々は今回の表現規制に反論するために、しばしば「言論の自由」や「文化としての多様性の価値」といったパーツを持ち出しています。また、「パターナリズム反対」も武器になっていると信じられています。しかし、これらの反論は「数が集まれば意味が皆無ではない」ですが、少なくとも少数の主張、体系的ではない主張では意味をなしません。
「言論の自由」は基本的人権の文脈で保障された思想ですが、基本的人権には必然的な制約がついてまわります:「公共の福祉に反しない範囲内で」。そして、果たして不健全図書の公刊は公共の福祉に「反しない」と言えるでしょうか?また、「公共の福祉に反する」と主張するロジックに対して有効な反論が行えるでしょうか?「公共の福祉」を明確に定義することができない以上、公共の福祉が関わってしまう基本的人権による反論は筋違いになりかねません。
「文化としての多様性の価値」はなおのこと。文化に多様性が必要であるという思想はあくまで一つの思想であり、さらに言えば少数派であろうと考えられます。特に公的セクターは文化の多様性を阻害することが「国民国家を統治する政府としての」仕事:「方言札」や創氏改名を思い出してください。あれが「国家」の本質です。彼らに「文化の多様性」云々を語ってもぬかにくぎ、豆腐にかすがいです。
パターナリズム反対はこれらの発想よりはまだマシですが、やはり「国民を陶冶するのは自分たちの仕事」という思想に対する、「国民を陶冶するのは国家の仕事」という思想が対立します。全世界的には「国家が国民を陶冶し管理する」モデル、即ち中国共産党のモデルがどんどん勢いを増している昨今、キリスト教をはじめとする宗教的な背景すらない日本に「国民を陶冶するのは自分たちの仕事」という思想は響き渡りません。
実のところ、最も単純かつ有効なロジックは、おそらく「おれ達はそんな法律嫌だ」でしょう。日本は「今のところ」現実にも辛うじて民主主義国家だし、少なくとも体系的には完全な民主主義国家。国民が望まない法律を国家が制定することは「ロジック上はあってはならない」ことです。
しかし、単純に「嫌だ」というだけでは、その声を政治レイヤーに届けることはできません。なにせ日本はこれまで「政治から冷める」ことによって国家の力を維持してきた希有なモデルを回して成功してきました。今頃になって政治云々と言い出しても、そんなの片腹痛し。
というわけで、「どうやって自分たちの声を政治レイヤーに届けるべきか」という議論がはじまります。それも、自分たちの居場所即ち同人業界から見て。
どうすればよいのでしょうか?実はこの問いには、最近一つの「準成功」を収めたモデルを提示することができます。即ち、ロージナ茶会&MIAU。
ダウンロード違法化問題、覚えてますでしょうか?「違法にアップロードされた著作物のダウンロードを違法行為と位置づける」という法改正に対して、多くの反対が寄せられた事件。MIAUはまさにあの事件に反対するために立ち上げられました。そして、結局ダウンロード違法化を食い止めることはできませんでしたが、少なくとも存在感を示すことはできました。
ここからはあまり知られていない話題。MIAUには、公式のものではないとはいえ一つのモデル、いや前身とも言える組織がありました。「ロージナ茶会」です。MIAUの初期メンバーには茶会員が多数参加、というかロージナ茶会の白田総統はMIAU最初期の立ち上げに発起人として参加していました。ロージナ茶会はなんてこともない普通の勉強会(秘密結社でもありますが)ですが、それでも知財システムへのコミットとしてパブコメの提出を繰り返していたところ、メンバーが知財系の研究会に招かれるようになるまで育っていきました。
ロージナ茶会、そしてMIAUは政治のレイヤーにコンピュータおたく、そしてインターネットユーザの声を届けるために活動してきましたし、これからも少なくともMIAUは活動を続けるでしょう。茶会は……コミケで同人誌買ってね♪ ですか?で、そのような活動を続けていくために、実は大したことは必要なかったのです。「活動を続けるだけでよかった」のです。
同人文化の世界にも同様なモデルを適用することができるのではないでしょうか。幸い、同人文化には多くの市民がコミットしています。みんなで声をあげればよいのです。
私自身は現在オーバータスクのため、言い出しっぺの法則を適用されても有効な動き方をすることができそうにありません。でも、何をすれば良いかはなんとなく分かります。MIAUが何をやってきてどんな結果を得たかを知っています。
我々は、なんらかの「業界団体」を作って声をあげる必要があるのです。
あえて「業界団体」にカッコをつけて語りました。普通、業界団体とは「業界を代表する団体」として読み解かれます。しかし、本当に業界を「代表する」必要があるのでしょうか。ましてや、公的に業界を代表する必要があるのでしょうか。
MIAUのことを思い出してください。MIAUの初期日本語名は、「先進インターネットユーザーの会」でした。「先進ユーザーの会」が、あらゆるユーザーを代表すると言えるでしょうか?少なくとも名前上、それは言えないはずです。なぜなら先進ユーザーはあくまで先進ユーザーであり、一般的なユーザーではありません。でも、政治レイヤーからはインターネットにおける消費者を代表する団体と見てもらうことができました。
実のところ、政治レイヤーはこの手の業界団体に対して「どのくらいきちんと多くの業界関係者を代表しているか」はあまりに気にしない傾向があります。あくまで「住所と代表者名が存在し、話を聞ける対象」が存在すれば良い、というのが現実です。同人世界を代表するにしても、おそらく最初はその程度で良いのです。
blogやmixi日記を眺めていたところ、コミックマーケット準備会が業界団体を立ち上げるのが理想では?という声を複数見かけました。私自身はこの発想に、さほど肯定的ではありません。もう少し細かく言えば、「あえてコミックマーケット準備会が公式に業界団体にコミットしなくても良いし、コミットをコミケ準備会に要求するのは必要ない」です。
コミックマーケット準備会は、「普通の同人イベントの関係者」ですか?いいえ、違います。コミケはどう見ても異常です。同人のスタンダードで「すら」ありません。単なる「最大手イベント」であり、さらにはその規模を維持し続けるために「あまり一般的ではない」システムを採用し続けています。コミケにとって最適化された「業界団体の要求」は、必ずしも「ありとあらゆる同人関係者に全体最適」とは言えません。
今のところ、誰が具体的に動けば良いかまでは想像できません。同人世界は男性向けの世界ではなく、女性向けの世界も存在します。オタクは東京・大阪の専有物ではなく、ほぼ全国に遍在します。男性向け・女性向けに同等の視線をきちんと向けることができる論客が日本国内にどれだけいるか、地方の事情をきちんと理解した上で東京にも十分に適した発想を持ち出せる論客がどれだけいるか、私には想像できません。
でも、一人ではダメでもみんなで声をあげればそれなりの全体最適を考えることができる可能性はあります。
このような経緯から、同人文化の業界団体は必要であると信じますし、時には政治レイヤーで動けるだけのシステムが必要でしょう。
いま、私が期待している「母体」は2つあります。一つは全国同人誌即売会連絡会、もう一つはProject Arbalest。
前者はそれなりの規模を持つ即売会主催者が連合した組織です。後者は日本でも数少ない同人即売会を主催することを目的としているNPO法人です。他にも適任者はいるのかもしれませんが、少なくともこの2箇所は新しい業界団体の母体として適任であり、そこから発芽して新しい業界団体を作り出していくのが良いでしょう。
同人即売会は、同人文化を支えるインフラとして最も重要かつ伝統的なものであり、ガタケットのようにコミケに匹敵するだけの歴史を持つ主催団体が複数存在しています。伝統的な業界団体のアプローチとして、歴史を持つ参加者たちの寄り合いが業界団体に発芽していくのは十分アリでしょうし、彼らはそれを実現できるはずです。
一方、Project Arbalestは決して懐の暖かい組織ではありません。というか、現在はリソース枯渇に苦しみ続けており、イベントの開催にも支障が出始めているという話を聞きました。でも、同人を考える文化団体としてNPOという形は最適です。実のところ、同人活動は即売会の会場でだけ行われているのではありません。ショップでも、インターネットでも、そして制作の現場でも、同じように行われているのです。即売会連絡会は本質的に即売会にのみ照準を合わせる可能性があり、そういった可能性へのカウンターとしてProject Arbalestはそれなりに適した存在であると考えられます。
#実務リソースの枯渇はいかんともしがたいですが……。
今回の騒動を他山の石、のど元過ぎれば~の対象とはせずに、継続的に活動し思想を表明できる「業界団体」の出現を心待ちにして、本エントリの締めといたします。