外部からちょっと撫でただけでは内部が全く見えない「即売会の運営」。特に、小規模オンリー即売会の開催に「何が必要か」なんてこと、普通に同人活動をやっているだけの人には分かりません。私だって、即売会の開催をやってみてはじめて知ったことが山ほどありました。
というわけで、即売会ができるまでを「見える化する」というテーマを考えてます。
これから主催の道に入って行こうという人にとっては、普通に考えたらメリットだらけ。誰もやっていないだけの話です。誰かやりましょうよぉ。
……と単純に考えるのでは面白くないので、「見える化すること」にどんなデメリットがあるかを考えてみました。
即売会を主催し成功させるのに「必要な情報」は、間違いなく存在します。まずここは前提として受け入れます。存在するけれど見える化されていないということは、「何らかのクローズドな領域に」情報が隠されていると考えることができます。
「クローズドな領域」へのアクセスをコントロールすることで、「成功してはならない即売会」を成功させないためのシステムとして機能しているとしたらどうでしょうか?一種のギルド制度とも言えます。もちろん即売会の多様性を一部損なうことにはなりますが、一方で「成功してはならない、成功を支えるだけの力がない」主催者によって「妙なスペックのイベントが開催されてしまうこと」だけは回避できます。
と考えると、「見える化すること」はこの手のコントロールシステムの機能が失われる、即ち「烏合の衆が即売会を開催して、失敗イベントを連打してしまう」可能性を高めることになります。
この手のコントロールシステムだけでは、「(少なくともギルドからの供給の意味では)ゼロノウハウで即売会を成功させてしまう」チーム~しばしば外部からの乱入者だと思われますが~の出現を回避できません。
そりゃ、日本の法律で「即売会を開催するには即売会マイスターの資格が必要である」なんて書いてありませんから、集会結社の自由もありますし、即売会は「誰にでも開催できてしまい」ます。それが成功するかどうかは誰にも分かりませんが!
うん。思考実験やってみて、暗い気持ちになりました(ぉ
性悪説を展開し続けると、行き先はたとえばインターネット免許制とか、表現活動免許制とか、検閲制度とかなんですよねぇ。あのへんの「ろくでもない手口」は「この手のデメリットを回避する」のには本当に役に立ちます。そして、言論・表現の自由は構造的に、致命的に破壊されます。
言論・表現の自由は「事実上不可侵の、最も重要な神聖な自由である」ということを「前提としない」限り簡単なロジックで破壊できてしまうので、だからこそ西側系の権利章典では「最も重要な自由である」と定義し、前提としているのでしょう。フィクションにフィクションを重ねていますが、とりあえずそのフィクションは信じる限り機能しています。
#だから、フィクションをぶっ壊そうとする行為に対しては強く抗議しなければならない。
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