同人誌即売会では~特に近年の東京圏開催イベントでは~青少年健全育成条例に依拠する制約として、青少年に「見せてはならない」とされるものを青少年に見せないために、年齢確認の徹底やゾーニングの実施、場合によってはイベント自体に年齢制限をかけるなどの措置が求められています。
これらの制約は、本質的には条例に根拠を求めることができますが、実質的には会場側の自主(?)規制の形をもって、会場からイベント主催者への指示・要求として施行されることが多いようです。条例により公権力が直接表現を制約しては言論の自由にまつわる問題が不可避となりますが、会場が契約の一環として制約するのであれば言論の自由は「直接持ち出すのは筋が悪い」結果になるだけなので、会場側(とその背後にある公権力)の対応としてはリーズナブルなものです。
さて、この運用を実現するには年齢確認プロセスが不可欠です。本エントリの命題は「どのようにすれば」年齢確認が適切に行われたと見なせるのか、またはそうでないのか。
先日、とある都産即売会で、年齢確認手段として「タスポを認めない」という現場にぶち当たりました。議論の出発点をここに置きましょう。
本当にタスポは「即売会での年齢確認手段として」ダメなのか?または、「たまたまどこもタスポがダメだと思っているだけで、実際は問題ないのか?」。
年齢確認を適切に行う手段として一般的に知られているのは、公権力によって発行された証明書を用いたプロセスでしょう。具体例としては運転免許証あたりを想像するのがもっともわかりやすいです。確認される側は運転免許証を提示し、確認する側は「それ」が正当な運転免許証であることを確認した後に、免許証に貼付されている写真と保有者が同一主体であることを目視で確認することで、正当な運転免許証が主張する年齢を「運転免許証の発行主体が信頼に値すること」を前提として認めるわけです。
同様なモデルを適用すれば、保有者と身分証で記述されている主体の同一性が信頼でき、十分に信頼に足る発行主体が発行したことを十分な確度をもって信頼できるような身分証明書が出てくれば、同じ議論ができます。……とりあえず、これは何の問題もないケース。
問題のあるケースを考えてみます。最初に、身分証の発行主体がどこであるか十分な確度をもって特定できないケース。
典型的には住基カードが挙げられます。自治体は信頼できると言う人が多いでしょう。そこまではよいです。では、問題のカードは「本当にその自治体によって発行された」のでしょうか?住基カードのデザインは自治体によって異なります。ということは、見慣れないカードが出てきても「それが本当に正当な住基カードであるかどうか」を明確に判断することは出来ないことになります。ICチップ部分を読み出せば電子署名つきで判断可能ですが、そんなものをいちいち持ち出さなければ認証できないというのは即売会の現場を考えるとあまりに非現実的。
次に、発行主体が信頼に値するかどうかわからないケース。具体的には社員証や学生証が挙げられます。その会社、学校は本当に「実在するんですか?」
#住基カードでも同様の議論が起こります:その自治体は本当に「実在する」んですか?
最後に、発行主体が確かであったとしても、そもそもの証明能力に疑問符があるケース。典型的にはタスポを挙げるのが適切でしょう。発行プロセスは原則として郵送ベースなわけで、「どうとでも」ごまかせます。住民票を持ち出せば発行できるので、Aさんの住民票+Bさんの写真をタスポの申し込み書類として送れば、「Aさんの名前・年齢が認証され、Bさんの写真が貼られたタスポ」の一丁上がり。
では、このように「問題のある」身分証明手段を用いた年齢認証は、同人誌即売会の文脈で「致命的な」問題があるのでしょうか。本件の核心はこの部分。
そもそも年齢認証を行わず野放しにして、青少年が手にとってはならない作品を手に取ったとしたら。法的には、加害者としての正犯はサークルとなります。東京都では「青少年の健全な育成に関する条例」第9条、第9条の2でどちらも「何人も、青少年に指定図書類/表示図書類を閲覧させ、または観覧させないように努めなければならない」と明記されていますので、青少年がその手の作品を手に取った時点で努力義務違反が認められます。また、もしサークル活動が「図書類の発行を業とする者」として認定された場合、第28条の規定により「当該青少年の年齢を知らないことを理由として処罰を免れることができない。ただし、過失のないときは、この限りでない」と、処罰にぶち当たります。
#青少年保護の文脈では、たとえ青少年側が「作品の入手を望んだ」としてもサークル側は一切免責されません。青少年は「常に」被害者です。
ということで、年齢認証はサークル側に一切の過失がない形で行われなければなりません。……では、どんな方法を使えば「完璧」なのでしょうか。この答えは、明確です。それも、ありとあらゆる即売会の運用をあざ笑う形で。……どんな手法でも穴はあります。「偽造証明書」。
免許証は「誰もが知っている証明書」なので偽造が難しいですが、住基カードの偽造はより容易です:住基カードは自治体ごとにデザインが違うので、ある自治体の住基カードのデザインなんか、その自治体と縁のある人でなかったら知らなくて当然です。十分に古い発行日を設定してしまえば、当時はカード表面の偽造防止加工義務すらなかったのですから、偽造は簡単です。
では、偽造証明書を見せられて、それを確認しなかったというのは過失になるのでしょうか。……と一段ずつ掘っていくと、「現実的なコストでどこまで確認するか」と「十分な確認をしなかったから過失だ」のせめぎあいになります。
とある法律関係の方にこの話を雑談レベルで持ち出したところ、「身分証の発行主体に投げられるラインを基準にしたらどうだ?」という提案が降ってきました。つまり、身分証の種類と番号(もしくは特定可能な何かの情報)を控えるということ。たしかに、世の中では身分証による本人確認には「種類と番号を控える」というプロセスが入ってくることが多いです。
ここまでできれば理想ですよね。……ただ、混雑する即売会で、大量の人間の年齢確認を円滑に行うという観点から、種類と番号を「控える」ところまで行けるか?という問いは残ります。
何を証明書として使えば本人確認として適切かというのは、一部の文脈では公的な&オーソライズされた指令が出ているケースがあります。一例として、「犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則」に記述されている、利用できる身分証を紹介してみます:そのまま並べると極端に読みにくいので、ざっと整理して記述。
- 印鑑登録証明書
- 戸籍謄本、外国人登録原票の記載事項証明書、住民票の写しor記載事項証明書
- 国民健康保険、健康保険、船員保険、後期高齢者医療保険、介護保険の被保険者証(いわゆる保険証)、健康保険日雇特例被保険者手帳、国家公務員共済組合or地方公務員共済組合の組合員奨、私立学校教職員共済制度の加入者証
- 国民年金手帳、児童扶養手当証書、特別児童扶養手当証書、母子手帳、身体障害者手帳、精神障害者保健福祉手帳、療育手帳、戦傷病者手帳
- 運転免許証、外国人登録証明書、住基カード
- その他官公庁から発行された書類で、氏名、住所、生年月日、写真が揃っているもの
- その他官公庁から発行された書類で、氏名、住所、生年月日が揃っているもの
この記述では、民間関係の身分証は一切排除されています。犯罪収益移転防止法は国際条約絡みの規定なので、国際条約のほうを読んでみないと何とも言えないかな。
別のパターンでは、公的な手続の文脈でも民間の発行した書類を身分証明として認めているケースがあります。典型的にはパスポート申請:「写真なしの公的証明書+写真つきの民間証明書」のペアを、公的な写真つき証明書と同等の信憑力を持つものとして認めています。
民間セクターで本人確認をかけているケースではどんなルールがあるのでしょうか。
プロメトリックというIT系資格試験を開催している組織では、こんな本人確認書類を提示しています。以下2点が必要ということで、かなり厳重な本人確認をしています。
- 写真つきの本人確認書類 国家資格の証明書、政府機関発行身分証、学生証/社員証、写真つきクレジットカード 社員証の場合は顔写真があり、変造防止措置がかかっていて、フルネームが掲載されており、発行主体が明確であること
- 自筆署名つきの写真なし本人確認書類 国家資格、政府機関発行身分証、学生証/社員証 or 健康保険証、健康保険カード、住民票のいずれか
こう見てみると、「民間セクターの発行する証明書に証明書としての効力を認めない」文脈は、犯罪収益移転関係に代表される少数の運用に限られていそうです。民間の証明書だからダメだ、という運用はちょっと固すぎるでしょう。
一方、身分証を「目視で確認するのみ、記録を残さない」という運用体系のほうには、過失が認められる余地が皆無ではなさそうです。ごく標準的な運用形態であることは間違いないので、そこに過失があると認められると影響は大きいですが……裁判でどうなるかは分かりません。最悪、身分証確認の記録を残さなければ「身分証の確認を行ったと認められない」という事実認定が降りてしまう可能性も全否定はできない、のかな……?
by yfuruhata, on 9月 24 2009 @ 15:13:54
”その論旨で行けば”という条件付ではtaspoは「アウト」になるでしょう。なぜかというと、タバコ販売以外の目的でtaspoカードを年齢認証に使うことは約款(taspo会員規約9条2)で禁じられていますので、少なくともオモテで堂々と「taspo使えます」と言うのはまずかろうとは思っております。(そもそも規約はtaspo会員の行動としての「たばこ購入以外の目的で、身分証明等のためにtaspoカードを利用すること」を禁じており、それの行使を認めることは、形を変えればtaspo会員に約款に反する行為を奨励していることになりかねず、あまりスジのよい話ではない。)
ただし、それとは別に個人的に気になっている点として、法や条例は『年齢の確認』を求めているのであって、『本人確認』を求めているわけではありません。この二つは似ているようで別物です。なので、そこで有効な身分証明書を云々し過ぎるのは、本来の論旨から話が離れていってしまう危険性がありはしないか、と考えています。
by きたじま/あかみ(管理人), on 9月 24 2009 @ 19:35:57
問題は、そのtaspo会員規約が「taspo会員以外を」縛ることができるのかどうか。正直、無理でしょう。
ということで、「こちら側としては、提示されたtaspoカードを身分証明として認める」自由はtaspo会員規約に照らしても問題ないはずです。
#……というか、この規約は「消費者保護の観点から適切な」リーガルチェックを通る代物とは思えません。
本人確認と年齢確認の違いは確かにおっしゃる通りです。「本人確認をせずに、年齢だけを確認する手法」が存在するかどうかは確かにセキュリティ的に興味のある話題ですが、IT方面が絡むならともかく実社会で「本人確認抜きで年齢のみを証明する証明書」は珍しいわけで、本人確認抜きで年齢証明することはかなり難しいのでは……と考えます。
by 身分証明問題・つづき | 織姫, on 9月 26 2009 @ 6:01:05
[...] さて、前回は「どんな身分証明書を使えば、適切に年齢認証を行うことができるか」という問題を議論してみたのですが、結局「コストとリスクを天秤にかけて」ということで、あまり [...]
by yfuruhata, on 9月 26 2009 @ 13:41:11
> 問題は、そのtaspo会員規約が「taspo会員以外を」縛ることが
> できるのかどうか。正直、無理でしょう。
そう言う話をしているのではありません。
そもそも、 taspoは身分証明書ではないことは議論の余地がありません。ただの会員カード(電子マネー機能付き)であって、発行母体が使用するシステム外の流用を禁じている規定(目的外使用の禁止)のどこがリーガルチェックに通らないのか理解に苦しみます。元パラリーガルでしかない私が言っても説得力ないかもしれませんが。
> 「こちら側としては、提示されたtaspoカードを身分証明として認める」自由」
あるかもしれませんが、それをオモテで堂々と言っていいかどうかは別問題だと考えています。
> 実社会で「本人確認抜きで年齢のみを証明する証明書」は珍しい
…昨夏のコミケットで似た話がありましたね。「手荷物検査」と「手荷物確認」の区別が付いてない人がいっぱいいて萎えた件ですが。誰がいつ年齢の完全検査を求めましたかね?
まずは相手の面構えをチェックして、次に口頭で「あなたの年齢をお伺いしていいですか?」と聞くのも立派な”年齢確認”ですよ? それで判断できなかったら身分証等をチェックする、という行為も”年齢確認”ですけど。
そこでいきなり本人確認書類の話を持ち出すのは、牛刀をもって鶏を割くようなものかと存じます。まあ、いきなり牛刀持ち出したような主催者もいますけどね。ああはなりたくないものです。
by きたじま/あかみ(管理人), on 9月 26 2009 @ 15:51:18
こちらは、まさに「taspoが身分証明書として利用可能か」という話をしています。
なぜtaspoの発行主体側が「規約を使って身分証明書として使うことを禁じているか」自体は想像がつきます:変造taspoを身分証明書として使われて、誰かに損害が発生→賠償責任を逃れるため、というストーリーでしょう。
ただ、taspoが証明する能力は「発行元と保有者の間にどんな契約があるか」にすら依存しないはずです:taspoがどのような手続・審査のもとに発行されるか、ただその一点が重要と考えます。我々はtaspoと「何の関係もない」わけですから、taspoの規約に縛られる必然性は全くありません:契約もしていない、taspoの社会に属してもいない(そんな社会もありませんが)のに規約に縛られるなんてあり得ません。
#ということで、案外taspoは「やばい」のは事実:指摘した通りに、「誰かの住民票+他人の写真」を送りつければその組み合わせてtaspoが出来てしまいますから。二次元写真でtaspoを作った話もどこかで聞いたような……。
面構えチェックは「十分に低いコストで確認できる方法」ですし、過失を指摘される可能性や「説明責任」の問題さえクリアできれば十分にアリでしょう。
#ただし:私見では、面構えチェック等による手法は現在の状況では必ずしもOKと考えることはできない、と見ています。法化社会……というより、「信頼崩壊社会」の風潮、もっといえば「責任から逃げを打ちたがる風潮」が原因です。
さらにいえば、「そういう不確実な方法より、もっと良い方法はないか?」、「結局どんな厳密な身分証を使っても、十分に良い結論かというと不明で、現実的なチェック手段の範囲では疑義は結局残る」というあたりが言いたいところですが。