どこの国立大を統合できるかどうか、という話題で……大学の機能の分類から考えてみました。こんな分類が可能なのではないでしょうか。
目的としては国立大の統合なので、できるかぎり国立大学を減らすための評価をかけています。
1.研究、教育、どちらも全領域において国際的に通用する大学。「○○県の/○○市の」というレベルを超えて、世界からその大学に熱い視線が寄せられるレベル。
このレベルの大学は世界レベルでの競争で議論されるだろう。先進国としての日本にこのレベルの大学が存在すべきとは思うけれど、存在しなければ作るというレベルの話ではない:そういう話はそもそも成り立たない。高レベルの大学が存在して、その大学が競争に一定レベルで勝てるかどうかという「だけ」の話。
果たして、運営に関して国としての支援が必要かどうかは謎。もし国が支援するなら国家戦略として運営されるべき大学だし、民間でやるなら(新自由主義的すぎるとは思うけど)民間活力のすべてを挙げて運営されるべき。ただし、どちらでも「悪くはない」。
……現実的には、国際的に通用する大学が日本に存在することは日本の国益にかなうという議論からすれば、国家戦略として運営されるべきだろうし、そういう国に住みたいとは思います。
2.教育方面で国内の頂点として考えられる大学。国際的に通用するかどうかはともかく、国内では最高峰グループと見られる大学。国内における高レベルの人材供給源となる。
もともとの帝国大学の位置づけに近い。少なくとも国内レベルではどこへ持ち出しても通用するような人材を育てるという意味あいからすれば、ここは国立で運営すべきだと思う。もちろん、「人材」の需要には公務員を含む。というかむしろ「高レベルの公務員養成システム」と考えても良いかも。
3.道州制における州ごと、もしくは県ごと程度の狭い領域で存在感を持つ大学
地域ごとに2のように高レベルの人材を供給するためのシステム。国立として運営してもいいし、地域によって運営されても良い。ただし、国立として運営しないのであれば「国内の人材水準をを平準化する」観点から、国によってしかるべき資金が補給されるべきだろう。
4.特殊な領域において高い専門性を有する大学
医学・歯学・薬学・獣医学・ロースクール(本来は大学ではないが)等資格と直結するところ、芸術大等恐ろしく専門性の高いところがここに入る。
国立で運営されるべきかどうかは戦略レベルの問題。個人的には、国民にとって不可欠な資格と直結するところは国立である程度運営、芸術大等国民生活にとって不可欠ではないが専門性の高い大学はあえて戦略的に国立でやるか、もし民間に渡すのであれば学生への高レベルな奨学金等で同等の支援が行われるべき。
5.「大学卒」を社会に供給するための大学
……果たして、「大学卒」って本当にそんな需要が存在するんですかねぇ?もっと言えば、そういう需要が「存在すべき」なんですかねぇ?
6.本来「大学」の枠組みに入るべきかどうかが怪しい大学、研究者養成システムに特化している大学院大学
LEC大の類はおいておいて、大学院大学の一部がここに分類される。研究者養成システムと考えれば修士・博士を発行するシステムは絶対に必要だけど、それを通常の「大学」の枠組みで考えるべきかどうかは怪しいかと。
となると、本当に国立(文科省)で運営されるべき「大学」は2と4の一部ということになるのかな。
現実的にはここまで減らしたらいろいろと問題が起きるとしか思えないわけで。このへんの記述で、「絶対に削減してはいけない」部分はある、ということだけは示せたかと思います。
あとは国全体のデザインと絡む話になってくるのでは。
たとえば、「地方をすべて切り捨てて、国の力を東京だけに集中させる」という選択をした場合は、東京エリア外の国立大学はすべて廃校にされるべきでしょう。実際にやってのけそうになったのがトルクメニスタンです:大学ではありませんが、首都と大学以外の図書館を全部廃止しました。
一方、地方にもきちんとした活力を持たせようという選択をするのであれば、地方サービスとして国立大が地方にきちんと存在することには意味があります。
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